日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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105日本イスラーム史 ―7世紀から20世紀前半(1945年)まで―用して戦略物資を大量に積載したことが連合軍側に知られて、米海軍潜水艦の追尾を受けたのである。4月1日の深夜近く中国福建省沖合の公海上で魚雷4本の攻撃により「阿波丸」は撃沈された。同船には当時外務省きってのイスラーム通と言われた「大日本回教協会」の幹部で元駐イラン公使、笠間呆あき雄がおり、またインドネシア独立に関し参謀本部と直接交渉のため出航寸前の同船へボートで漕ぎつけ間際に乗船できたハッジ・鈴木剛がいたのである。戦争により多くの重要な人材を喪失したが、特にこの2名を失ったのは日本のイスラーム発展の上で大きな痛手となった。8月の終戦を迎えて日本のイスラームにとり不幸中の幸というべきは、名古屋モスクこそ焼失したものの、神戸と東京の2つのモスクが共に戦災を免れたことであった。真のイスラーム信徒(ムスリム)はクルアーンとハディースに明らかなように〝知性を用いて学び、意図をもって行動する〞ことで生まれるのであり、この基礎インフラの残存が日本のイスラームを繋ぎとめ重要な役割を果たしたことを、最後に銘記しておきたい。筆者 鈴木 紘司 (すずき ひろし)東京都出身。エジプト、アズハル大学イスラーム高等学部卒業。住友商事業務部中近東担当。ミンダナオ州政府経済顧問、在京アラブ イスラーム学院顧問、東洋大学講師など、地域文化学会理事、NHK衛星放送アラビア語同時通訳者。著書 『預言者ムハンマド』PHP新書、『真実のイスラーム』学研など。

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