日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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108イスラームが日本において初めて宗教として認知されたのは、1939年に「宗教団体法案」が帝国議会で議決された時であり、それまで不明確であったイスラームの地位も、仏教やキリスト教と同じ法的な監督と保護を受けるようになった。そして、二年後の1941年12月8日には、太平洋戦争が勃発し、日本は挙国一致で戦争に突入したのである。そのような国家体制の中で、イスラームは重要な国家的戦略の一翼を担うことになった。若いムスリムたちは、東亜共栄圏建設の旗印のもとに、その尖兵となって宣ぜん撫ぶ活動に身を挺した。彼等は東南アジア諸国のムスリムと共闘しながら、いわば欧米の植民地主義者に対する聖戦(ジハード)の気概さえあったとも推察される。1945年に日本が戦争に敗れ、現地で捕虜として捕らわれの身となった彼らではあったが、ムスリムということで現地の人たちとの交流は友好的であったと言われている。やがて故国に帰還する時が来た。しかし帰国して彼らが見た日本の姿は混乱そのものであり、その中で生活することになった彼らにとっては、毎日がその日その日の食うことで精一杯の生活であったに違いない。一.戦後の混乱の中で戦後の社会混乱が多少落ち着きを取り戻し、彼らが折に触れ時々思い出すのはやはり、かつて同じ使命と連帯感で結ばれていた同胞の消息であったに違いない。何よりも幸運だったことは「東京回教寺院」(現東京ジャーミィ)が健在だったことである。戦禍で廃墟と化した東京ではあったが、この建物だけは戦禍を免れて、祈りの場として存在していたのである。無事に帰還したムスリムたちが、週に一度金

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