日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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113日本のイスラーム、戦後の歩み ―20世紀後半から今日まで―団体として設立されたことにより、以後の日本のイスラーム界は、宗教法人としての「日本ムスリム協会」と社団法人としての「日本イスラム協会」の両者に担われることになった。そうした状況の中で、日本におけるイスラームの布教は「日本ムスリム協会」と「ムスリム学生協会」の、いわば二人三脚の関係で推進されたと言えるであろう。主な活動(一) 1959年に初めての協会機関紙『イスラームの声』が永瀬華州(ファールーク)の献身的な努力によって発行された。その流れは変遷を重ねながら現在も「イスラーム」の名のもとで継続発行されている。(二) 『日亜対訳・注解 聖クルアーン』の刊行は、第二代会長だった三田の「ムスリムの訳したクルアーンが必要だ」の一念で、1959年に開始された。三田は1962年に70歳の高齢を押して聖地マッカに飛び、かつて東京で面識のあったパキスタンのハーフィズ、アブドッラシード・エルシャドと再会を果たした。三田は氏の指導と、「世界イスラーム連盟」の財的支援によって、2年を掛けて翻訳作業を終了し、1972年には念願であった、日本人ムスリムの手による初めての聖クルアーンの出版を果たした。しかしその初版判には僅かであったが印刷上の間違いが発見され、一旦配布された全冊が回収され破棄されたのである。 協会は委員会を組織して改訂版の発行に着手した。まずはアラビア語のクルアーン(原本)に新たな版を用いるなど、日本語の対訳にもアラビア語を理解する複数の人たちによって逐次検討を

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