日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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114重ねるなど、協会は活動を一時的にこの出版プロジェクトに集中し、1982年にようやく改訂版を完成させることができたのである。それまでには10年の歳月を費やしたのであった。 この改訂版の刊行過程で付言すべきことは、かつてエジプトやサウジアラビアへ留学した学生たちのアラビア語の力が大いに役立ったことである。現在も協会は原著者、三田の当初の精神を受け継ぎ、当時の刊行経緯をよく知る有見次郎(アブドッサラーム)を中心に、再版に当たっては、そのつど訳文に検討を加えながら、現在では第10刷まで増刷を続けている。これまでの出版総数は約2万冊になる。(三) 「留学生の派遣」は、初代会長の今泉と、三代会長の斉藤の人材育成のための悲願だった。記憶すべきことは、当時、在日エジプト大使館の文化参事官であったモフタール・エル・ガウハリーの存在であろう。彼は日本におけるイスラームの布教に熱心で、開設して間もない「日本ムスリム協会」の活動に、できる限りの援助を尽くした。その結実として日本の若いムスリムをアズハル大学へ留学生として招待することが実現したのである。 1958年の2人、浜田明夫(オマル)と鈴木珀郎(ズべイル)。 1962年の8人、磯崎定基(ラマダーン)、飯森嘉助(ユーセフ)、片山廣(スィッディーク)、鈴木紘司(アハマド)、西郷諭(ハーリド)、近藤充茂(アブドッラー)、谷正則(アブドッラー)、野田美紀(サーレハ)。 1965年の6人、小笠原良治(モハセン)、樋口美作(ハーリド)、武藤英臣(タイエブ・ムフタール)、新井卓夫(アーミル)、近藤公隆(ザーキル)、徳増公明(アミーン)らが派遣された。

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