日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
119/220

115日本のイスラーム、戦後の歩み ―20世紀後半から今日まで― この頃、自分で渡航しアズハル大学から奨学金を受けていた人物に渥美堅持(ムハンマド)がいた。 その後も協会のイスラーム諸国への留学生の派遣は、布教と合わせ協会の主要課題に位置づけられ、2000年代までに各世代ごとに約70人の学生を派遣しているが、留学先はエジプトからサウジアラビアが主力となった。 主に挙げられる顔触れには、斉藤力二郎(ムハンマド)、遠藤利夫(ヤヒヤ)、長南雅夫(アブドッラー)、佐藤知子(アジーザ)、奥野英樹(ヒダーヤトッラー)、有見次郎(アブドッサラーム)、森伸生(ヌールッディーン)、柏原良英(ユーセフ)、四戸潤弥(ムアンマル)、富岡幸喜(アブドルカリーム)、木村遼(アブドルワーセイ)などであり、いずれも帰国後は協会活動に尽力している。 しかし90年代の終わりころからは、海外旅行自体が簡易化されたこともあって、留学も協会に頼ることなく個人的な手続きで可能となった。行き先もシリア、ヨルダン、リビア、湾岸諸国やマレーシア、インドネシアなど多様化している。(四) 日本における「イスラーム霊園」の管理運営は大きな課題である。イスラームの埋葬は、現在の日本人の生活感覚に馴な染じまず、用地の確保と自治体の認可を取得するのに苦難が伴う。正式認可を受けているのは現在「日本ムスリム協会」が1966年、山梨県塩山市に7,585㎡(2,295坪)の土地を購入し、1987年に認可を得てその一部を造成し管理運営している「イスラーム霊園」の一ヶ所に過ぎない。ムスリムの生活圏も全国的に広範なものとなっており、将来的には各地域に合った墓地の確保と、限られた墓地の有効活用として一区画を家族単位で再利用

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です