日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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124ラームに絡む紛争が続発した。日本の宗教者の中にも、イスラームとの対話を望む声が一層大きくなり、対話の機会が多くなった。このような状況の中で斉藤は当時会長であった樋口にも参加を求めるようになり、2人での行事参加が多くなった。しかし高齢の斉藤(1998年没)の参加は短期間であった。1990年8月2日から2日間にわたって京都で開催された「ムルタカー比叡山会議」は、旧ソビエト連邦、エジプト、サウジアラビア等11ヶ国のイスラーム指導者を招聘しての、日本宗教者とイスラームの対話であったが、会期中にイラクのクウェート侵攻が勃発し、会議の様子がテレビで放映されるなど 衝撃的な会議であった。この時出席した日本側のイスラーム関係者は、斉藤、渡辺、樋口、外国側からはテミルダル・モヒート(トルコ)、サーレハ・サマライ(イラク)、オマル・ムーサ(スーダン)、アブドッラハマーン・シッディーキ(パキスタン)であった。その後、2001年にアメリカで同時多発テロ事件が発生すると、諸宗教対話の動向はイスラームに対する一層の関心となった。そうした国際情勢の中で「日本ムスリム協会」は、日本の諸宗教の連携組織である2団体からの勧誘を受け、2001年に「世界連邦日本宗教委員会」二 に、そして2002年には財団法人「世界宗教者平和会議日本委員会」(WCRP)三 にそれぞれ正式メンバーとして入会した。日本で開催される世界諸宗教者の平和会議に参加するイスラーム指導者の招聘にあたっては、候補者の推薦など、13億人ともいわれる世界のムスリムの日本における窓口として諸行事に参加している。日本の宗教指導者のもとには数千万人の信者が包摂されており、宗教指導者の日常の発言や説教の影

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