日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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164人間は泥の塊かたまりからアッラーが創造されたもので、復活の日には高い山々でさえも羊の毛のように飛び散り、まして人は蛾のように吹き飛ばされるだけの存在なのである。一生の価値はどれだけ善行が積めるかによる。それが相当あれば天国へ行くが、不十分ならば地獄行きである。人の価値はその人の篤信ぶりであり、どれだけ神を畏怖しているかで決まるのである。同じことだが視点を変えれば、アッラーへの感謝の念と言うことにもなる。この様な中から、道徳的な意味で、忍耐、謙譲、誠実さ、公正さなどの徳目が極めて強調されることとなる。その逆で、短気、焦り、尊大さ、増長、偽善、裏切りなどは、戒められることになる。またアッラーの人に対する限りなき慈悲を思いつつ、人の人に対する情けや慈愛も求められる。右に対して仏教でも、慈悲はもとより、釈迦や居並ぶ諸仏の徳の高さに思いを馳はせて、倫理、道徳律が様々に説かれてきた。その内容は右のイスラームの徳目の理解がむしろ容易であると思えるほどに、酷似していると言えよう。一方、かなりの違いがあると見られる側面もある。それは人間の本性をどう捉えて、どう付き合うかという点である。イスラームでは人間の心には良い面と悪い面が並存していると見る。それらの両側面は、最初から最後まで、本源的に共存しているのである。天あまのじゃく邪鬼のことをシャイターンとアラビア語では言うが、人の心にはシャイターンがやたらと囁ささやいているのだ。嫉妬心、恨み、反発心など、イスラームの神学書には数十は下らない数のジンが挙げられている。それに比べて良い面も、親切心、愛情、同情など、やはり多数挙げられている。これらの諸側面を併せ持つ人間に信者は十分注意しろと、クルアーンの一番最後の章は警告を発して

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