日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
173/220

169イスラームと日本の仏教 ―無関係からの出発―(一)相互の理解は進展するか?まずイスラームと日本の仏教間の、双方の相互理解は進みうるのであろうか、どうかという点である。その可能性が大きいと思わざるを得ない二つの事情がある。・ 負の遺産がないこと―仏教にはイスラームがキリスト教と体験してきた厳しい負の遺産がないことは、実に多大なプラスの資産と考えられるのである。いわば双方が互いに無知ではないにしても無む辜こなのであるから、白紙の状態から縦横に関係の深化に邁まい進しんすることもできるはずである。・ 東洋的秩序感覚―日本は欧米文化を随分追いかけてきたが、最後まで取り付きにくかったのは、欧米の論理的思考パターンではないだろうか。論理が重視されるのがイスラームであるが、その論理のあり方は決して欧米流ではない。このような共通した秩序感覚は相互理解のための強力な地盤となりうる。(二)日本における信仰心の蘇生に貢献?それでは、努めてイスラームとの相互理解に邁進するとしても、日本にとっては何の意味があるというのであろうか。これは日本の現状をどう評価するかという問題でもあり、百家争鳴の議論がありうる。ここでは限られた紙数しかないが、筆者の見るところは次の通りである。太平洋戦争後に日本が失ったものは少なくない。そのひとつが、正しい宗教信仰である。それは、戦前の国家神しん道とうが即ち軍国主義を招いたという失態が一番直接の原因となった。宗教に対しては、もうたくさんだという忌避の態度が、全国にヒタヒタと浸透し充満したのであった。それが同時に、新憲法下

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です