日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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170における政教分離政策をほとんど無意識のうちに下支えしたのであった。振り子は一つの極からもう一つの極へと、一八〇度急転換してしまった。そしてそれが大きな損失、いや間違いであったことに半世紀以上も日本は気づかないまま時間が過ぎてしまったのである。この振り子の振動をもう一度正しい軌道に乗せなければならないのは、国としてあるいは民族として大きな課題なのである。しかしそれはまだまだ政治レベルで扱わねばならない喫きっ緊きんの課題としては見られていない。このためにイスラームがそのみずみずしい力を持って、大きな警鐘を鳴らすことが期待されるのである。中世において日本の神道がその教義を整え威儀を正したのは、仏教伝来による刺激、さらに言えば脅威がもたらした大きな副産物であった。イスラームの勢いが今度はそのような役割を果たすことができるのであろうか。いや、期待したいところである。(三)イスラームの新たな理解者の獲得?他方で、イスラームにとっては、日本における理解者を増やすことにどのような意味が見い出せるのであろうか。イスラームが現状の世界で、ほとんど四面楚歌の状態にあることを省みる必要がある。それはただ、9・11以降のテロ対策という流れだけではなく、ヨーロッパにおける預言者風刺画問題や女性のヴェール問題、ムスリム移民差別問題など、輻ふく輳そうする諸課題を含んでいるのである。イスラームは敵対するものとは戦う姿勢を持つように教えられるが、味方を増やさなければ不利になるといった戦略感覚は歴史的に磨かれてきたものがある。イスラームの新たな理解者であり、国際社会

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