日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
188/220

184よ。礼拝も、最初はスンナのタイミングがわからず、アッサラームの後にスンナの礼拝を2回やったことがありました。そのときは、寮の友人が駆け寄ってきて「2回やらなくていいんだよ」と、やさしく諭してくれました。鞭で打たれるなんて、全然ありませんでした。まだ着慣れぬシャマーグ(ターバン)を、大学の学部長から直々に巻き直していただいたこともあります。皆、なんと優しいことか。片山 ヨルダン駐在中にパレスチナ紛争が激化しまして、駐在員の食料品確保のためよく街に買い出しに出掛けたのですが、商店で「米を60㎏買いたい」と申し出たところ、店主に「0・5㎏しか買えない人もうちの客なんだ。だから60㎏も売れない」といわれましてね。街のバカーラの店主までもが、こういう美徳を備えているのかと感動したことがあります。またあるとき、街で起こった暴動に巻き込まれ、私たちの乗っていた車がひっくり返って身動きが取れなくなったことがありました。そのときは、なんと駐在先で雇っていたオフィスボーイが暴徒と車の間に立ちはだかり、「彼らは友だちだ、殺さないでくれ」と呼びかけてくれましてね。イスラーム圏をますます好きにならずにはいられませんでした。森 日本はイスラームについて知らないことが多すぎますね。無知がイスラームを怖れさせているのです。片倉 本当にそうですね。アメリカのことなんて、特に勉強しようと思わなくても初代大統領の名前から最近の話題まで、いつの間にか覚えていますよね。これはアメリカに留学していた1959年ごろ、

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です