日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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17イスラームとはカ商人たちが進取の気質や勇猛さを持っていたことは、想像にかたくない。ところが、彼らの多くが自分たちの生活様式や宗教については非常に保守的であった。当時は、部族の血統を重んじ、偶像崇拝の多神教を父祖の宗教として尊んでいた。大商人が富貴を誇り、貧しい者や孤児などの弱者を虐げることもあった。マッカの住民はクライシュ族という部族であったが、その中の支族の間でも激しい勢力争いがあった。ムハンマドが説いたイスラームの教えは、絶対的な唯一神の信仰と神の前での人間の平等を主張したから、クライシュ族の多くは新しい教えを拒絶し、その信徒たちを迫害した。二大聖地マッカ時代はおよそ13年に及ぶが、迫害があまりに強くなり、故郷にいられなくなったムハンマドは、それまでにイスラームに帰依した弟子たちを連れ、北方のマディーナに移住することになった。これをヒジュラ(移住、聖遷)という。マディーナに移住した弟子たちと、この頃マディーナで新たにイスラームに加わった者たちが、新しいイスラーム共同体を作った。これを記念して、イスラーム暦では、この年が紀元として定められた。ムハンマドは没年までのおよそ10年をマディーナで過ごした。ここでは、もはやクライシュ族の迫害を恐れなくてもよかったが、その代わり、クライシュ族はマディーナを武力で破壊するために軍勢を送り、大きな戦いがおこった。しかし、イスラーム側はその戦いをよくしのぎ、さらにイスラームの勢力

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