日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
27/220

23イスラームとは聖典クルアーンの特性クルアーンには、他の聖典には見られないような特性がいくつかある。暗記して朗唱する聖典、ということも、その一つである。もう一つは、朗唱するにしても記録するにしても、すべてアラビア語、という点である。アラビア語から別な言語に翻訳すれば、それはもはやクルアーンではなく、他言語で著したクルアーンの解釈書とされる。漢訳されたお経もお経であるし、聖書の日本語訳も聖書と見なされていることを考えると、原語のアラビア語だけが聖典である、という考え方が珍しいことがわかる。なぜ、そうなっているのであろうか。その最大の理由は、クルアーンは言語的な「奇跡」であるという考え方にある。当時のアラビア半島は、尋常ならざる言語能力を有する詩人が活躍する時代であった。人びとはアラブ人としての誇りを持っていたが、アラブ人たる証左は、部族的な血統の純粋さとならんで、雄弁で美しいアラビア語を話せることであった。部族の争いがあった場合でも、勝敗は戦場だけで決するものではなかった。部族の優れた詩人が、自分たちの勇敢さを美しい詩で謳いあげ、敵の軍事的な勝利を卑小なものとすることができれば、立場が逆転することもあった。そのような時代であったから、「神の啓示」が下るとすれば、その言葉は人間の力量をはるかに超えている必要があったのである。実際に、クライシュ族の人びとは、クルアーンの章句が超常的な言語であることを察知し、イスラームに反対するために、ムハンマドにさまざまな嫌疑をかけた。彼はマッカで「正直者」で通っていたの

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です