日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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30唯一性、預言者ムハンマド、聖典クルアーン、イスラームの同胞精神などを共有する一方、地域毎の文化や言語は多岐にわたり、環境や生業も異なる人びとが多様なムスリム社会を形成してきたのである。イスラームの地と言えば、どこにでもモスクがあり、モスクの中ではマッカに向かって日に5回の礼拝が捧げられている。その一方で、モスクの建築の様式や材料は多種多様である。これも統一性と多様性をよく物語っている。イスラーム文明の輝き8世紀から15世紀頃までは、イスラーム文明が燦さん然ぜんと輝いた時代であった。宗教として始まったイスラームは、古代から文明地帯であったメソポタミアやペルシア、エジプト、あるいはヘレニズムやローマ文明を受け継ぐビザンツ領などに広がると、先行する諸文明を吸収し、さらに独自の文明をうち立てた。たとえば、ペルシアやメソポタミアなどの灌かん漑がい技術を取り入れ、熱帯の作物を温帯でも育つように品種改良を行って、農業の革新を行った。イスラーム圏の農産物や農業技術が北進してヨーロッパに入り、その名称が日本にも数多く伝わっている。オレンジ、レモン、ライムなどの柑橘類、バナナ、シュガー、あるいは米を意味するライスなども、名称はアラビア語に起源がある。時代は後になるが、コーヒーもアラビア半島のイエメンで飲料として用いられるようになった。アラビア語の「カフワ」が、カイロやイスタンブルを経由して、ヨーロッパでコーヒーとして広がり、日本にもやってきた。

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