日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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75イスラームのグローバリゼーションと日本ている。クルアーンはさらに、人間が信仰者となるか、不信仰者となるか、という区分けは神の意志によって決定されるという一方で、悔悟も改心もしない不信仰者は、来世では神の懲罰をうけると教えている(たとえばアッタウバ9章79節、90節)。ここで言う「信仰者」とは、「神の唯一性」を信じるだけでなく、預言者ムハンマドが預言者の封印であり、彼に齎もたらされた啓示が神の言葉「クルアーン」であることを信じる者を指し、「神の唯一性」を信じるとしても、ムハンマドが最後の預言者であることと、クルアーンが神の言葉であることを受け入れない者は「不信仰者」となる。イスラームでは、「人間」は超越的な神の前では絶対的に平等であり、すべて生まれながらにしてムスリムである、という原則を掲げていても、実際に信仰を持つ者と持たない者との区別は明瞭にされる。言い換えると、イスラームの教えでは、信仰者と不信仰者は、そもそも神の前では平等ではありえない。人間を「信仰者」と「不信仰者」とに二分して差別的に扱う、という宗教体制はイスラームだけのものではない。強固な選民思想が中心軸となっているユダヤ教はいうまでもなく、キリスト教でも「神の国」に入ることができるのは、イエスを「救い主キリスト」として信じる信仰者のみである。さらにキリスト教は、西暦392年にテオドシウス帝の勅令によってローマ帝国の唯一の国家的宗教として認定されてからは、政治的体制としても、異教徒を差別し排除する政策が採られてきた。キリスト教と政治や社会体制との結びつきの1600年を超える長い歴史的経緯は、現代においてもヨーロッパの移民問題に根深い影響を与えている。初期から近世までの長い期間、イスラーム世界で実施されていた啓典の民に対する「保護民政策」三

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