日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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82仏教用語を多用してきたことについては的を得ている。また、イスラームの基本的な宗教儀礼の「五行」(信仰告白、礼拝、ザカート、斎戒、巡礼)の3番目にくる「ザカート」を「喜捨」とすることについても、彼は仏教学の立場から異論を呈している。(前掲書、102〜3ページ)たしかにザカート(ザカー)は、一定の税率が決まった税金であり、イスラーム教徒同士の相互扶助のために用いられる公益福祉税ともいうものである。これを「宗教税」と訳すこともあるが、日本語にあてはめることは難しい。しかも、国民国家が成立して、国家財政上の所得税法が施行されている現代世界にあっては、どのイスラーム国・地域も、現実にザカートは義務の献金ではなく、任意の献金となっているという実情があり、ザカートの訳語として適切な日本語を探す作業は、ますます困難になっている。私も著作の中で、ザカートを「喜捨」としながら「一定の税率があり宗教税の役割を持つ」と記しているが、これも苦しい言い訳である。しかし、一般に日本語の中でも、宗教に関連する用語のほとんどは仏教用語であるといっても過言ではない。もともとアラビア語で記されたイスラームの思想を日本語に翻訳することは、極めて難しい作業であり、新しい用語を発案するより、それらしい仏教用語をあてはめることのほうが、多くの人々の理解を得やすい、もっとも安易な方法であったことも事実である。新しく異文化を導入する際に、独自の慣行や教義上の用語が、その土地の文化や用語と習合するという現象は、どの宗教にも見られることである。日本におけるイスラームの導入に際して、仏教用語を借用することは、自然な現象であり、やむを得ないことであったといえないであろうか。最近では、イスラーム独自の意味を含有する用語は、カタカナで示すことも多くなってきているので、次第に原音に近い表記を採用する傾向が進むことと思われる。

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