日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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94さらに13世紀にユーラシア大陸を席巻したモンゴル軍は、1258年に西でバグダッドを陥落させ、アッバース・カリフ朝を滅ぼし、中国では元朝(1271〜1367年)を興したが、1275年に元軍が派遣した使節団の1人に〝サラディン〞というムスリム名が見られることが、日本史に残された記録にすぎない。こうした激動の陸路の動きとは別にイスラームの教えは、アラビアからインド海岸に沿った〝海のシルクロード〞による交易を通じて着実に東南アジアへと流布され、中国の広州、泉州まで到達している。現在の中国に広く分布する回族は、13世紀以降に移住してきたトルコ、イラン、アラブなどのイスラームを信仰する外来民族の子孫を中核にして、漢族その他民族との通婚により形成された民族と定義され、その数は1,000万人を超えている。その中の1人が明朝(1366〜1644年)時代に日本へ来て永住した楠葉入道・モスリー(1486年没)ともいわれる。中国では永楽帝の治世に雲南省出身のムスリムでマッカ巡礼を果たした有名な鄭てい和わにより、1405年から七回にわたりインド洋航海が行われている。しかし、16世紀の大航海時代にヨーロッパ人が、この海域に参入して歴史の流れは大きく転換し、日本の歴史にも大きな影響を与えたことは特筆に値しよう。イスラーム伝来がなかった日本バスコダ・ガマによるインド航路発見(1498年)とマゼランの世界一周(1519〜22年)のすぐ後に、ポルトガル船が1543年に種子島に漂着して鉄砲をもたらし、これを日本人が自らの手で製造した事実は興味深い。次いで、1549〜51年にかけてザビエルが日本に滞在しキリスト教を伝

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