日本に生きるイスラーム ―過去・現在・未来―
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95日本イスラーム史 ―7世紀から20世紀前半(1945年)まで―えている。競い合うスペインは、セブ島〝発見〞を口実に艦隊を派遣し、1571年にマニラを占領支配する。武力とキリスト教による植民地支配を確立し、それまでイスラームを奉じていたフィリピンは、ミンダナオ南部を残してキリスト教化された。その頃の日本は戦国時代の末で、織田信長が天下統一の地歩を固めたが、キリシタン伝道は日本でも盛んとなり、ザビエルに続き1565年にフロイスが訪れ、日本人信徒を増やした。植民地支配の野望は、確実に日本へも伸びていたのである。信長を継いだ豊臣秀吉は海外情報の入手に積極的であり、すでにスペインが宗教を流布する手口でマニラを支配して民衆の蜂起を武力で鎮圧した情報を得ていたとされる。それゆえ秀吉は1587年、九州を平定した際に自ら外国船を検分した後で宣教師たちへの退去命令を出し、キリシタン禁止令を敷いた。これには実際に外国勢力が日本を武力で征服する計画をもち、それを記した極秘文書が残されているという。徳川時代にも海外からの干渉は続いたが、1612年のキリシタン禁令、翌々年に高山右近をマニラへ追放して締め付けが強化された。1633年、植民地支配を断固として拒絶する幕府は鎖国に入り、外からの干渉を完全に排除した。ちなみに中国の歴史も同じように1644年からキリスト教禁止に踏み切り、再三にわたり布教を禁じている。こうしてアジアにおけるキリスト教国はスペインの植民地支配に従属したフィリピンだけに留まったが、このためにイスラームの東進は切断され、日本が鎖国政策を採択したことによりイスラームの日本への到来の道は完全に閉ざされた。この結果、7世紀に誕生したイスラームが日本へ紹介されるのは、明治の開国まで待たねばならなかった。こうした歴史の事実認識こそが、日本イスラーム史を知る上で最も重要なのである。

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