サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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96彼女は私たちのアパートの大家であり、かつ、隣人でもあった。彼女は社会的地位の高い方々との付き合いがあり、私たちをその一部として迎えてくれた。特に、彼女の息子の正二郎くんは、私の息子のアイマンと同い年であった。引越しが落ち着き、初めて彼女の宅を訪問したときに、息子たちがすぐ仲良くなっていたことを思い出す。ある日、彼女はスイカを手にして私たちを訪ねてきた。そのスイカは4㎏もある大きなものであった。彼女はアパートに入ると台所に立ち、私にそばで見ているよう言った。スイカを洗って、清潔な布で水分をふき取り、半分に切る。そして、それを次々に半分に切っていく。最後に緑の皮と黒い種を取り除いた。彼女は英語と日本語を混ぜながら、緑の皮と黒い種は食べられないことを注意し、赤い部分だけが食べられることを身振りも交えて伝えてきた。そして少しの塩を振りかけ、「いただきます」と日本語で言うと、私たちは食べはじめた。このスイカは旬の真っ盛りの本当に甘いものであったので、そのほとんどを食べてしまった。私たちは彼女に感謝して本当においしかったと伝えた。数日後、彼女は私たちをアパートに招待してくれた。会話はサウジアラビアのことで、石油とナツメヤシ以外になにが取れるのかという話題になり、私たちは英語で書かれたサウジアラビアのことを説明するパンフレットを持ち出した。彼女にそれを読み聞かせ、サウジアラビアの農業について説明した。サウジアラビア各地に農地があり、そこではナツメヤシ以外に、ブドウ、イチジク、オレンジ、レモン、バナナ、そしてスイカがとれるということを説明した。私がスイカのことを話し出すと、彼女は顔を赤くして、先日のスイカのプレゼントのことを謝りはじめた。とくに私が彼女にサウジアラビアの大地でとれるスイカは20

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