サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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101より良き未来を約束するために断歩道を渡るときには、車は停車し、車の流れが再び戻るのは歩行者が道路を渡り終えた後である。歩行者の中には、学校と家を往復する5歳にも満たない幼児が含まれていることもある。すべての信号と横断歩道には看板が立てられており、歩行者は車の運転手に目を向けながら横断する。向こう側の歩道にも看板は設置されている。一方、クラクションはすべての車につけられているのにも関わらず、一度もその音を聞いたことがなかった。私の意見では、この時代に車を運転する者に対しては、「傲慢な態度で大地を歩いてはならない」というクルアーンの言葉が必要だろう。つまり、道を横断している歩行者の権利と安全を守らなければならない。そしてさらに、歩行者を脅かすようなクラクションの使用を禁止するべきであろう。交通ルールの話で思い出すのは交通警察であり、彼らとの交流の経験である。最初の車であるプジョー404を受け取った当初は、私の運転の経験は自動車学校のコースに限られていた。その後、大使館、外務省、他のアラブ諸国の大使館、サウジアラビア人が好む高級ホテル、そして友人宅までの道、と範囲を広げていった。また、商店や市場や焼鳥屋のある銀座までの道も覚えなければならなかった。ローンで購入した車の練習を、毎朝近所からはじめることにした。最初はアパートの周囲、次にアパートのある町の周囲、このように毎朝少しずつ、範囲を広げていき、ついにある朝、路地から4車線のメインストリートに出ることになった。数分後には乗用車やバスやトラックで溢れた交通に巻き込まれ、その通りから戻る道を見つけることができなくなってしまった。車を通りの脇に停めてウインカーを出す以外にすることがなくなった。数秒後に警官がやってきて、何が問題なのかと聞かれたので、道に迷い、

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