サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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109サウジアラビアと私ム法を勉強した後、法曹界に入り、司法関係の要職を歴任、 89年司法大臣に任命された。議長はまたサウジアラビア宗教界の最重要機関である最高ウラマー会議のメンバーでもあり、言ってみればサウジアラビア宗教界の大御所である。ビン・ジュベール氏が議長に選ばれたのは、ファハド国王が宗教グループを重視したことの表れと見られた。ビン・ジュベール議長は表敬訪問した私に対し、諮問評議会の役割について、サウジアラビアの直面している種々の問題を取り上げ、国王に積極的に奏上したい、と抱負を語った。その後1993年8月20日付の勅令で評議会メンバーが任命された。最近任命された副議長とあわせ60名のメンバーは高学歴のテクノクラートや学者が多く、全体として実務者中心となっていた。メンバーはその後増員され、現在では150名となっている。諮問評議会は民選議会ではなく、法律の制定を行うわけでもない。しかし、諮問という形にせよ民意を反映する機関ができたことは、サウジアラビアの政治の歴史にとっては画期的なことである。その後諮問評議会は、多くの問題につき国王に奏上してきた。一口に民主主義といっても、その国の歴史、文化、経済の発展段階などによって、その形態はさまざまである。サウジアラビアの場合、まず諮問評議会を設立することが、サウジアラビアの実態にあったものといえよう。その実績を踏まえ、いずれクウェートのように民選の議会が設置されることになるかもしれない。しかし、サウジアラビアは決して急がないのであり、サウジアラビアの実態を踏まえて、ゆっくり変化していくのであろう。サウジアラビアの変化は時としてラクダの歩みに例えられる。しかしそれはサウジアラビアを批判することではなく、サウジアラビアの知恵を表すものではないだろうか。

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