サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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111サウジアラビアと私が生産され、そのうち二百数十万トンが輸出されて、サウジアラビアは世界6位の小麦輸出国になったということであった。アル・ムトラク農場を見学した後、1時間ほど離れたところにあるアル・カッシム農業会社の農場を訪ねた。この会社は12万人の株主がいて、サウジアラビアでも最大級の総合農場であった。小麦、大麦、とうもろこしのほかに、野菜や果物も栽培している。350haにもおよぶジャガイモ畑、広大なぶどう園のほかに、きゅうり、トマト、豆、ピーマンなどを栽培しているグリーンハウスが150もある。さらに広大な敷地内には、牛や羊の飼育施設が点在している。農場の規模の大きさには圧倒された。後日、リヤードの南東約100㎞のアルハジ地区にあるアルサフィ牧場を見学した。牧場を経営しているアルファイサリア・グループのアルアリフィ社長自ら案内してくれた。牧場は面積2,500haで、飼っている牛は2万1,000頭、うち乳牛は1万2,000頭であった。牛乳の1年の総生産量は8,500ℓとのことであった。従業員は全部で1,500人、27ヶ国の人間が働いていて、サウジアラビア人はそのうち100人、全体の7%弱だが、親会社では5%とのことであった。1993年9月にはヨルダン国境のタブーク州にあるアストラ農場を見学した。アストラ農場は総面積2,400ha、従業員数1,500人という大規模農場であった。野菜、果物、花の栽培が中心で、花はバラとカーネーションなど、92年には1,600万本を生産し、そのうちのかなりの量が、オランダやドイツに空路輸出されたとのことであった。アストラ農場では、数年前から小麦の生産を減らし、野菜に力を入れてきた。それは小麦の栽培が大量の水を必要とするのに対し、野菜は「点滴灌かん漑がい」といって、必要な量だけを供給する方法をとり、水

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