サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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115サウジアラビアと私た。十分なインセンティブを与えるとのことであった。日本よりはむしろアメリカに近い人材育成策である。これはサウジアラビアのすべての企業にあてはまるものではないのかもしれない。アラムコはもともとアメリカの会社で、アメリカの企業風土が強く残っているのかもしれない。それに、ナイミ氏自身がそういう体験をしてきたということもあろう。それにしても、このような考えのもとにサウジ・アラムコのビジネスマンが育成されているというのは紛れもない事実である。サウジアラビア人が日本人ほど努力しないと決めつけるのは誤りで、条件が整い、十分なインセンティブが与えられれば、サウジアラビア人も日本人と同様、あるいは日本人以上に努力し、働くということを十分認識すべきだと思う。サウジアラビアの社会(その2) 結婚式1992年6月、サウジアラビア人の結婚披露宴に招待された。花婿は石油鉱物資源省の局長さんの次男であった。サウジアラビアでは、男女が自由に交際できないこともあり、結婚は見合いである。古くからの部族の伝統で、いとこ同士の結婚が理想とされ、今でも多いが、最近ではそうでないケースが次第に増え、この場合もいとこ同士ではなかった。午後8時ごろまず花婿の実家を訪ね、花婿の親族、友人に会って、アラビアコーヒーや甘い紅茶を飲み、ナツメヤシの実を食べながら歓談した。1時間ほど経ったところで披露宴会場へ向かった。会場は日本の結婚会館にあたる建物である。会場には300人ほどが集まリ、しばらくして隣のホールに案内

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