サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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1202009年5月9日 成田国際空港 日本航空VIPロビー私にとって、日本や日本での日々についての執筆を依頼される日がこようとは想像すらできなかった。私は外交官として約33年間を務めた、そのキャリアにおいて世界中の首都を渡り歩いてきた。私は、読者が何かを得られる程度のものを書くことはできるかもしれないが、流りゅう暢ちょうな文章を書けるような人物ではない。しかし、この執筆依頼を受諾したのが、親友であるアリーの頼みであるから、引き受けることにしたのだ。彼は、東京在任中の私の勤務を支えてくれた。私も彼の東京での勉学を支えてきた。また、彼は、在京サウジアラビア王国大使館 文化部、文化アタッシェであるイサム・ブカーリ博士の友人でもある。成田空港での別れの時は非常にゆっくりと過ぎ去っていった。私と妻は、息子のライヤーンが日本で仕事と勉学を全うするため、他の子供たちを連れ、彼一人を日本に残してきた。ロンドンから東京へ私は、記憶の糸を手繰り寄せ、27年以上も前の最初の赴任地での日々を思い出していた。そこは、時に霧の都と形容されるロンドンである。当時の私はキャリアを始めたばかりの独身の外交官であった。しかし、そこでは、故シェイフ・ナーセル・アルマンクール閣下や故ムハンマド・マアムーン・クルディー博士閣下のようなハイレベルのサウジアラビア人外交官たちに囲まれることとなった。私はロンドンで

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