サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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148架け橋を目指して1980年、22歳で日本に来た私は、以来8年間、早稲田大学、成城大学などで学生生活を送ってきました。知識欲の旺盛な、感受性の強い二十代という人生の大切な時期のほとんどを私は日本で過ごしたわけです。私にとって日本は第二の故郷なのです。「故郷に錦を飾かざる」という諺のようなものがありますが、私は大使として日本に帰って来たような気がしています。多くの日本の旧友から「お帰りなさい。おめでとう」と挨拶されると、本当に嬉しくなります。日本で勉強し、日本語の読み書きができる人間が、初めて日本の大使になったのです。何かと期待されていることと思います。幸い私にはたくさんの日本の友人がいます。その友人の力を借りながらサウジアラビアと日本の関係をよりいっそう緊密なものにしたいと思っています。二聖モスク守護者アブドッラー・ビン・アブドゥルアジーズ・アール・サウード国王は1998年10月、当時は皇太子として日本を公式訪問されており、日本との絆をさらに強くされました。両国関係を強固にすることは、親日家でもいらっしゃるアブドッラー国王の希望であり、意思であると思います。国王は赴任の挨拶に参上した私に「日本はわが国にとって大事な国だから頑張りなさい」とおっしゃいました。「日本は大事な国だ」という言葉を何度も繰り返されたことを今でも覚えています。国王が「日本は大事な国」と思われているからこそ、日本で学び、日本語ができ、日本に友人の多い私を大使に任命されたのだろうと私は思っています。従って私は国王の期待に応えながら、お世話になった日本に恩返しをしなければならないわけです。私の目指すのは、サウジアラビアと日本の架け橋の役

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