サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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18留学地カイロで見たムスリムの姿が悩みを断ち切ってくれた林 最初に訪れたイスラームの国はエジプトです。国費でカイロ大学に留学したのですが政府からいただいたのは、日本郵船1万トン級の豪華客船「白山丸」の切符でした。1940年前後、白山丸の寄港地は上海、シンガポール、アデン、ポートサイド。これらの港で垣間見た光景は、母から寝物語に聞かされていたアラビアンナイトで膨らんでいた夢や、歴史で学んだ植民地主義政策の理想とは、あまりにも乖かい離りしていました。― どんな場面が印象に残っておられますか?林 ヨーロッパ人の乗客が船からコインを投げると、現地の人がすぐに潜ってそれを拾うのですよ。それを見てヨーロッパ人が楽しんでいるのです。そういうあさましい姿を見ると悲しくなりました。理想とあまりに違う現実に驚愕し、青年期特有の悩みや義憤が湧き、疑問が深まるばかりでした。この悩みを断ち切ることができたのは、カイロ大学の友人イスマイールくんの招きで、彼の郷里を訪ねたときに見た、ナイル下流の農場で働くひとりの農夫の姿でした。額に流れる汗をぬぐいもせずに黙々と働き、時至ればマッカの方向に向かって、今在ることに感謝しつつひたすらに祈り、アッラーを讃える姿に激しく胸を打たれました。「あれこれ迷うことはない。ひとつのことに打ち込みなさい」と私を諭してくれているようでした。その後、幸いなことに学友の父君が

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