サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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21アラブとの70年─ 林 昂氏インタビューす。― 戦争で日本とエジプトは敵対国になってしまったけれども、エジプトの公使館の方々に対して林先生は非常に人道的に、人間 対 人間としてお付き合いになった。それを外務省の太田課長もサポートなさった。警察の方も散歩を見て見ぬふりをしてくれた。戦時下でもこういう方々がおられて、このような出来事があったのだと思うと気持ちがあたたまります。「目には目を」なんて言いますけれど、在京エジプト公使も、スイス経由で報告を受けたエジプトの外務省も、「情には情を」で応えてくれた。だから在カイロの日本公使館の人たちも散歩にいけるようになったのでしょうね。直接的な関係はないかもしれないですけれども、そういう積み重ねがあったから、その後、林先生がカフジ油田の利権交渉に行かれたときにもお互いの信頼関係が築けて、驚くほどの短期間で調印にこぎつけた、というのがあったのではと感じます。林 まさにそう思いますね。結局、人と人との人間関係ですね。この太田課長という方は残念ながら亡くなっていますが、非常に立派な方で尊敬しています。僕が大阪外語時代に、日本ではじめての字引を作ったのですよ。アラビア語・日本語辞典で、五万語集まったわけですよ。カードに作りましてね。もちろん戦時中でもあったから、非常に苦しい時期で、夜遅くまで研究室に残って作って、ようやく脱稿したわけです。今度はそれを印刷しなければいけない。そのためには、政府の補助金がいるので、この太田課長のところへ行って、

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