サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
26/222

22「ようやくできました。本を印刷したいので…」と言ったら、「君、学校はどこだったっけね」と問うわけですね。場所を答えると「ちょっと待ってくれ」と言って、机の上の書類を見ていましたけれども、「ああ、やられている」と言うのです。つまり、私のいた学校が爆撃されたということなのです。どうりで僕が大阪から東京へ向かう途中に、夜行でしたけど何回も止まるんですよ。だけど一言も説明がないから、乗客は何も知らないわけですよね。だけど、東京駅へ着いた瞬間、何かきなくさいのです。万事が慌ただしくて。それでも外務省へ行ったところ、太田課長が(大阪外国語学校が阪神大空襲で)やられているというわけですね。びっくりしてまた大阪に帰ったのですけれども、やはり研究室もやられていた。木箱に原稿は全部詰めていたのですが、そっくり灰になっていたのです。本当に白いところに字だけが黒々と映っていてね。そのままなのですよ。というのは、爆弾で直撃ではなくて、こちらの校舎のほうに火がじわじわと移って燃えたのです。静かに燃えつきたわけ。だから、カードそのものはちゃんと残っている。でも手に取ったとたん、ハラハラと粉々になってしまった。― 印刷直前までいったのに無念ですね。林 当時は印刷するにはまず活字の字母というものがいるのですが、カードにあわせてアラビア語の字母を作れる職人が大阪にいなかった。でも東京にそれができる彫金師がひとりいたのです。

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です