サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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25アラブとの70年─ 林 昂氏インタビュー林 エジプト政府向けの水道用鋳鉄管。カイロ市内および郊外の遊園地ヘルワーン行き電車車両・付属品など。スーダン文部省へ納入したキャンバスシューズ500万足。クウェート・サウジアラビアから、わが国金融界への初のオイルマネー導入、クウェートのオイルタンカー会社設立の第一歩となったマンモス・タンカーの継続的受注などです。― スケールの大きい案件ばかりですね。林 これはね、商社の力だけではない。わが国のメーカーの社長をはじめとする首脳陣が、リスクをとってでも新市場を開拓しようと決断し、そして生活環境の異なる地域における不便を克服し、ことをやりとげた社員の不屈の努力があってこその成功です。サウジアラビア・クウェート中立地帯の石油利権交渉に向かう林 そのうちに、その実績のことが山下(太郎)さんの耳に入ったんですね。山下さんは、ご承知のように、「満州太郎」として満鉄の大きな仕事をしておられた方です。この方も終戦ですっかり財産を没収されて、持っていたものを失ったわけですね。しかし、彼はたいへん目先の利く人でしたから、石油というものに非常に目をつけていて、いつの間にか僕の名前を聞いたらしい。それで、当時の三菱商事の高垣社長のところにやってきたのです。高垣さんは三菱商事で満州支店長をしていたものだから、山下さんと懇意であったわけですね。そんな関係もあって、「君の

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