サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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28にも、イン・シャー・アッラー利権が許与されたあかつきには、会長に推挙されるかもしれず、貴国と我国の経済、重工業界の交流はますます活発化するでしょう」と申しました。するとタリーキー局長は、「ぜひ、そうなるように祈ります」とおっしゃったのです。※― 率直な意見交換が行われたのですね。林 交渉は長丁場となり、次のミーティングまで間があくことが多くなったのですが、その間、山下社長から貴重な人生訓を与えられたように思います。また意外な一面も見ました。それは1957年10月4日英国のBBC放送で、ソ連が史上初の人工衛星スプートニクの打ち上げに成功とのニュースを傍受したので、これを社長に伝えたところ、つねに極めて冷静な社長が、異常としかいえない反応でがばっと立ち上がり、口を一文字に結び、ぐるぐる室内を行きつ戻りつ、とどまることがありませんでした。おそらく、満州太郎と呼ばれるまで名を馳せ、築いた巨万の資産を、ソ連の参戦などにより一挙に喪失してしまったことを考えれば、複雑かつ無念な心境は俗人の想像を絶するものがあったに違いないと思われます。氏は、「若いころに感じたことは、人が捨てて顧みないものの中に、たいへんな商機が潜んでいることがある、ということだ。この辺に嗅覚を働かせなければ、生きる道はないと思い、私の仕事の基本精神とした。しかし、それには度胸が必要。男一匹、生涯をかける大事には、身を投げうつ覚悟が必要、不惜身命、深遠なこの言葉の意味をよく考えていただきたい」と話してくださった。

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