サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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43アラブとの70年─ 林 昂氏インタビューわけですよ。その国民病を撲滅するためにはどうしたらいいかということで、まず、ナイル川から汲み上げる水、それを浄水する、そのためのパイプが必要ですね。ですから、久保田鉄工の久保田権四郎さんという方、久保田鉄工の創始者ですけれども、非常にものわかりのいい方でね、お願いしたわけです。これには背景があって、話が僕の大学教授時代に戻ります。当時、僕は終戦連絡事務局という、進駐軍と日本政府との間の外務省の出先機関ですけれども、その大阪の事務局の嘱託もしていたわけです。その終戦連絡事務局長さんは、以前ベイルートの総領事で、僕は留学生時代にお世話になったことがあるのです。そんな関係で彼が僕のことを知っていて、「林くん、助けてくれよ。府庁の連中は全然外国語がわからないので、進駐軍から毎日のように将校がきて、どうにもできないで困っている」というのです。それで僕はお手伝いしたわけです。そのひとつに、久保田鉄工の若江岩田工場が進駐軍に接収されている、という案件があったのです。メインの工場が操業できないのですから、久保田鉄工としては死活問題なのです。それで、久保田さんは早く再稼動させねばと必死だったらしい、でもらちがあかない状況だったのです。そんな話を聞いたものだから、すぐに進駐軍の接収部長に会いに行きまして、「こういう事情があるので一日も早く解除してもらわないと、久保田鉄工そのものがだめになってしまいますよ」と言ったら、簡単に返してくれたのです。そういったことがあって、久保田さんに先ほどのナイル川のビルハルツで、鋳鉄管をまず敷い

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