サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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53より良き未来を約束するために獲得し、戦争で失われた知識と労働そのもので世界に補償を成し遂げたのである。日本は平和と協調と軍縮を呼びかけ、占領や包囲といった戦火に苦しみ喘いでいる国から過ちと被害を取り除くことを目指す国として先頭に立っていた。また、サウジアラビアと日本の両国の協力関係はすべての分野に拡大し、日本の多くの企業はサウジアラビアの開発、産業育成、インフラ整備などで多くの利益を上げていた。ここで歴史書を紐解くと、私は、多くの点において、両国間に共通点があることを指摘したい。日本の覚醒と開国と情報源からの知識の獲得は、明治天皇の指導によるものであり、サウジアラビアの覚醒とサウジアラビア王国の建国と開国、そして情報源からの知識と経験の獲得は、建国の父アブドルアジーズ・アール・サウード国王とその後継者たちによるものであった。また、日本はアジア大陸の東の果てにあり、サウジアラビアはその西の果てに存在する。アジアという体の右手がその左手を見出し、すべてのアジア大陸の諸民族の間の親善と友好関係を強化していけるかのようではないか。これは、私の評価では、欧州の共同体と同様のアジア諸民族に貢献する、アジアの共同体の建設に向けた優先事項であり、私はこの設立を期待している。この思いは何度も繰り返され、今でも変わっていない。しかし、一方で、サウジアラビアは日本から遠く離れており、東京はリヤードから遠いではないかという声もある。これに対しては、私はアラビア語の歌で答えたい、「近くにいるはずの者こそ、離れており、離れているはずの者こそ、近くにいるのです」と。私たちは、たとえリヤードと東京の間が飛行機で10時間かかろうとも、その心はお互いの下にあるのだ。日本製の機械が消費する一滴のサウジアラビアの石油は、私たち両国民の命をつなぐ心臓の鼓動である。日本の大学や大学院での高度な教育を受けたサウジアラ

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