サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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57より良き未来を約束するためにけなら空室があるというホテルが見つかった。しかし、そのホテルは都心のど真ん中にあり、大使館からは離れているようだった。私は、了解したと伝え、運転手は笑顔で私たちの荷物を運び出しトランクに詰め込んだ。こうして私たちはトヨタのタクシーで空港を後にした。このタクシーの座席は上質な白いカバーで覆われ、運転手は黒の制服と帽子を着用し、それは非常にエレガントに見えた。私たち家族は、世界でも最も大きな首都のひとつを目にすることに胸をときめかせていた。私たちは、東地中海地方のアラブ諸国で最も趣があり、美しい首都であるベイルートから旅立ち、空からその美しく輝く夜景に別れの一いち瞥べつを投げかけてきたのだ。タクシーのなかは薄暗く、車とバスで渋滞する道を通っていた。道の両脇には2〜3階建てのくすんだ色の古い木造の建造物が立ち並んでいた。タクシーはさらに進み、ジグザグの道に入り、その両脇には、当時のアラブ諸国の都市では姿を消した電灯と電線と電線を支える木製の電柱が並んでいた。道の脇にはあたかも急用を抱えているかのような通行人でいっぱいの歩道があった。私たちが銀座のホテルに到着したのは、土曜日の日暮れ時だった。私たちに与えられた部屋は16㎡程度の部屋であったが、私たちは休息できる場所を得たことをアッラーに感謝した。そしてルームサービスを注文し、サンドイッチとお茶が運ばれてきた。お茶は日本の緑茶で、砂糖が入っていない。私たちにとっては初めての味であった。妻は、子どもたちの世話に集中し、お風呂に入れ、体を洗い、着替えさせ、数日分の着替えを荷物から取り出して準備した。その後、私たちは深い眠りにつき、翌日曜日の遅い時間に目を覚ました。既にホテルの朝食の時間は終了しており、私たちはルームサービスで朝食を注文し、日本食やアメリカ食よりも安いコンチネンタルの朝食を選んだ。それでも、その値段はベイルー

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