サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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58トで最後に食べた食事の2倍はするものだった。部屋の清掃時間となり、部屋を出てホテルのロビーへと向かった。ホテルのフロントは、私たちにホテルの庭へ上ることをすすめてきたので、私は「上るのですか。それとも外に出るのですか。」と質問したところ、フロントは「庭はホテルの屋上にございます」と教えてくれた。そこでエレベーターに乗り、屋上の庭へと出たところ、非常に整備された庭が現れた。そこにはプールがあり、オープンカフェがあり、音楽バンドとダンサーがハワイ風のパフォーマンスをしていた。テーブルに着席し、喉のどの渇きを癒すためにスイカを注文した。運ばれてきたスイカの脇には塩が添えてあった。ウェイターになぜ塩があるのかと聞くと、汗によって失われた塩分を補給するためだと答えた。これは新たな発見であり、すべての知恵には深いものがあると感じた。ラシャーには、次回またこの話の続きをすることを約束して終えた。三.「サファル(Safar:ヒジュラ暦[イスラーム暦]2月)」と「サファル(safar:旅)」ラシャーが東京での最初の日の思い出についてもっと聞きたがったので、私は話を続けた。塩をふりかけたスイカで渇きを癒した後、私たちは演奏をしているハワイ風バンドに目を向け、ダンサーの踊りに見入った。ダンサーたちは水着を着用し、そのメロディーと相まって、心地よい雰囲気を醸かもし出していた。時刻は12時に近づき、朝食からたいして時間も経っていないのに、食欲がわいてきた。昼に提供されるランチメニューからわかったのは、夕食の時間が午後6時であるということであった。

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