サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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66六.「サファル(Safar:ヒジュラ暦[イスラーム暦]2月)」と「サファル(safar:旅)」夕食の後、私たちはホテルから外出し、周囲を散策した。そこには商店やレストランが立ち並び、レストランの表にはメニューが展示され、ショーウィンドーには数々の料理が並べられていた。それらは形も大きさも本物の料理のようであったが、実際にはプラスチックのモデルであった。料理の下には値段と料理の説明が表示してあったが、すべて日本語であった。とある大きな商店に入ったところ、そこには想像しうるすべての商品、服、食料品、家具、日用品、電気製品、事務用品、おもちゃ、とありとあらゆる商品が販売されており、展示されている商品をすべて見るには何時間もかかりそうなほどであった。微笑ましかったのは、販売員の女性たちが伝統的な着物を着用して、客たちをお辞儀と歓迎の言葉で迎えていたことである。階段の脇にも彼女らはおり、中には階段の手すりを清掃している者もいた。この光景はエレベーターのドアのところでも同様であり、彼女たちはいたるところで笑顔で客の手助けをし、子どもたちには暖かいまなざしを向けてくれた。食料品の階に立ち寄り、ビスケットやケーキを購入して、銀座のメインストリートへ戻った。歩道は広く、散歩には最適であった。歩道は歩行者で溢れていたが、つまずくことはなかった。夜になり、通りの両側は活気に溢れていた。どうやら、夜に出歩くことが好きな人たちのようであった。私たちはホテルの部屋に戻って静かな時を過ごし、テレビを見た。あるチャンネルでは野球の試合を中継していた。野球はアメリカのスポーツであり、これを見るのははじめてだった。別のチャンネルではアメリカのコメディードラマを放送していて、私たちは俳優の動きを見るだけで満足した。最後に子ども番組のチャンネルに合わせ、子どもたちはそれを楽し

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