サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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75より良き未来を約束するためにえることなく退室して大使館の外に出て、そして自分のアパートへ向かった。この出来事に心を痛め、東京への赴任を受けたことを後悔していた。というのも、私にはロンドンの大使館で勤務する可能性もあったからだ。しかし、それは実現されなかった。大臣に近い方に仲介をえた私と同じランクの職員が、そのポストを獲得してしまったからである。その時私は近い将来、それに匹敵するポストを獲得することを決意し、赴任に備えてアパートの家具を売り払い、募集があった東京の大使館のポストを受諾したのであった。私と妻がアパートで、いらだった流れの遅い時間を過ごしていると、ドアがノックされた。立っていたのは大使と大使夫人であった。彼らは、新居を祝福したいので入ってもいいかと尋ねた。私は習慣的に「お茶にしますか、コーヒーにしますか」とたずねた。大使は「お茶もコーヒーもいらないが、夕食を食べたい。もちろん冷蔵庫のあり合わせのもので結構、外出はしなくてもよい。」と答え、私の妻とインアーム大使夫人(エジプトのファラオの妻の名前である)に夕食の準備を命じた。私たちは楽しい夜を過ごし、シェイフ・アハマド・アブドゥルジャッバール大使と夫人も楽しんでいたようだった。おそらく彼らが抱いた、私の支払いに関する疑念は、以前に計画的な出費にもとづく生活費の維持ができなかった大使館員がいた経験にもとづくものだったのだろう。この出来事が結果としてよい方向に向かったことに対し、私はアッラーに感謝を捧げた。アッラーは時として損害を与え、時として恩おん寵ちょうをくださる。こうして大使との信頼関係は深まりご指導にあずかり、それは外交官キャリアのレールに乗せてくれるものであった。その最初のステップは日曜日の大使公邸への招待であった。大使は私と妻と子どもたち、そしてすべ

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