サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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81より良き未来を約束するために別の車と無料で交換できるとのことでもあった。この提案で私たちは合意して、翌日契約書を作成した。妻は再び給料の分配をやり直し、車の分割支払いの封筒を追加した。こうして私は生徒として自動車学校に入学した。学校は交通網のようであり、そこにはトンネルや橋、信号や細い路地、曲がった道や広い道路があり、車の動きはまるで実際の渋滞時の道路のようであった。教官から24個の四角があるカードを受け取ったが、それは、毎回のレッスンで教官が合格と判断すると、その四角のひとつにスタンプが押され、すべてのスタンプが押されたときに、私は車を運転する資格をえることになるのであった。教官が最後の四角にスタンプを押すときに口にしたアドバイス、「クレイジードライバーに注意しなさい」という言葉をいまだによく覚えている。私がそれは誰のことなのかとたずねると、教官は「あのCDのプレートをつけた連中のことだよ」、と答えた。CDとは外交団のことであり、彼らは外交特権を乱用しているというのだった。ここからの日々はまたたくまに過ぎ去り、美しいオープンカーが届き、この車を非常に気に入った。車を目にした通行人が振り返っていた。この車と同様に私の生活は順調に動き出したのであった。これが「サファル(Safar:ヒジュラ暦[イスラーム暦]2月)」と「サファル(safar:旅)」に関する私の記憶の話のすべてである。

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