サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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83より良き未来を約束するためにくれた。彼は過ぎ去った年月を懐かしみ、若かりし日々を思い出し、威厳と尊厳に満ちた日本の男たちの冥福を祈っていた。彼の父親世代の伝統的な習慣や風習は、今日の世代が西洋文明の影響で失ってしまったものである。白石さんは、日本の町や村が経験した米軍の空襲による破壊についても説明してくれた。その空襲は、日本が降伏せざるをえなくなってからも継続的に行われたという。そして、空襲の前と後の東京の写真をたくさん見せてくれた。マッカーサー元帥が、家を失った数百万人のための住居を確保するため、再建の許可を与える際に、いかに意図的に、熟考された調整にもとづく復興を行わなかったのかについても説明してくれた。復興に際して、建造物はでたらめに建てられ、道は狭く曲がりくねっていた。マッカーサー元帥は大きな悪影響を残した。日本に被害をもたらした大量破壊兵器よりも、日本人の誇りと意思はより強固だったのだ。数年の混乱の後に、日本は国際社会において賞賛される地位を獲得した。私たちは日本を封建制や従属から解放した明治天皇を知る世代であり、西洋の経験と技術を学びながらも、日本の伝統文化や習慣、生活を守ったのだという。日本の覚醒は、1868年に即位した明治天皇によるものであり、日本国民に対して次のようなスローガンを呼びかけた。「西洋を模倣し、彼らと同等の立場にならなければならない」と。また西洋の知識と技術の中心地であるベルリン、ロンドン、ニューヨーク、ワシントン、パリなどの有名大学へ留学生を派遣し、こう呼びかけた。「すべてを理解しなさい、そしてそれを日本に伝え、それを礎いしずえに新しい世

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