サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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87より良き未来を約束するために分後には商品を持って出てきた。店を出るときにはまた90度のお辞儀で見送ってくれた。マコダさんにお礼を言い、過去2回の出来事についての説明を求めた。彼女によると、その店の隣にアメリカ人クラブがあり、店員は私をアメリカ人だと誤解していたのだろうという。店主は原爆や空襲で日本を破壊したアメリカ人に奉仕することを拒否しているとのことであった。大使館の日本人スタッフの優秀さ、私をアメリカ人だと思った雑貨屋店主がみせた、日本の誇りとそれを侮辱した者に対するささやかな抵抗、それらの体験により私は日本が好きになった。勤務時間や約束の時間を守る態度も好きになった。後で知ったのだが、ほとんどの日本人スタッフは職場から遠いところに住んでおり、1時間から1時間半をかけて毎朝毎夕、交通機関を利用して通勤をしていたのだった。職場に勤務時間の20分前には到着し、勤務時間ちょうどに仕事をはじめ、その日の仕事が終わらなかったり、上司が職場に残っていたりした場合には、勤務時間以降でも仕事を続けていた。日本人にとっては、勤務時間の終了とは必ずしも定時ではないのである。与えられた業務がその能力を超えていたとしても、その業務がほかの労働者に委ねられることはなく、勤務時間をこえた長時間労働によって成し遂げられる。ここで私は、1963年(イスラーム暦の1383年)に初めて日本人と出会い、こういった日本人の特性を記憶に焼き付けていったのである。ラシャーは、東京での勤務の最初に出会った日本人に関する私の昔話に興味津々で、もっと聞かせて欲しい、大使館の外で出会った日本人についても聞かせて欲しいと頼んできた。そのリクエストにこた

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