サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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89より良き未来を約束するために彼の職業により、サウジアラビアは彼を何回も招待し、彼は政府関係者や経済関係者との人脈を広げることとなった。私は彼を親友とすることができ、彼は仕事上の知り合いの多くの人を紹介してくれた。彼と新幹線で大阪まで旅行したこともあった。それは最初の旅行だった。また、彼は日本人に人気のあるあちこちの観光地を紹介してくれたが、その筆頭にあるのは温泉であった。彼は私にとって初めての経験となる産業界も紹介してくれ、数多くの工場を見学することができた。最首さんは私にとって大切な日本人の友人であり、私と彼の対談を多くの形で書いてくれ、その一部はネット上で読むことができる。私たちの関係は当時から今日まで続いている。彼は私の赴任先となったストックホルム、マドリード、マルビヤ、そしてサウジアラビアにまで私をたずねてきてくれた。ラシャーは聞いた。アラビア語に精通していたり、イスラームを学んでいた日本人ムスリムはいるのかと。私はもちろんいる、そういう日本人ムスリムたちが、日本ムスリム協会を作ったのだ、と答えた。歴史の記録によると、イスラームと日本との関係は、日本がアジアやオスマン帝国のムスリムたちと出会ったことがきっかけのようだ。彼らは日本人の多くの学者やビジネスマンをイスラームに改宗させた。日本人ムスリムの数が大きく増えたのは、第一次と第二次世界大戦の間だった。当時の日本は多くの留学生をエジプトに派遣し、アラビア語を学ばせていた。その意図は、日本が敵国と認識していた英国のスエズ運河権益を狙った進出をフォローすることであったようだ。それは、きたるべき英国との戦

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