サウジアラビアと日本 ―その素顔と絆―
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95より良き未来を約束するためにに心を痛めた。そこで、私は事情を説明し、かつ日本人も子どもとの約束を守ることを大切にしていることを指摘したところ、料理長は再びアシスタントたちと相談をはじめたが、結論は変わらなかった。そこで私が提案したのは、レストランからはサラダとジュースを注文する、材料は私が外から買ってきて、このキッチンで自ら料理をするというものだった。料理長は長い議論を続け、子どもたちは騒ぎ続けていた。私は視線を料理長と子どもたちの間で交互させ、料理長の子どもたちへの同情をひこうとしていた。料理長はついにわかったと答えてくれたが、条件はレストランのランチタイムが終了する午後3時以降ということであった。お礼を述べてこれを受け入れ、子どもたちを連れて公園に戻り、私は同僚たちと食材(肉、米、トマト、玉ねぎ、ピーマン、各種香辛料、バター)を買いにスーパーへ向かった。3時にホテルに戻ったところ、キッチンのスタッフが待ち構えていた。彼らに、米を洗い、食材を切るように依頼した。アシスタントたちはひとつひとつ工程を進め、最後に鍋を火にかけた。小一時間でカプサは炊き上がり、それを大きなふたつのお盆に広げた。ひとつはスタッフたちに、もうひとつは私たちのテーブルに。テーブルにはサラダやジュースなどが並べられていた。カプサは非常においしくできていた。費用も予算内のものであった。そのホテルにはその後サウジアラビアの代表団を連れて宿泊することとなったが、料理長は私をお辞儀で迎えてくれ、今度はカプサを提供できると伝えてくれた。私はそれをていねいに断り、代表団は神戸牛を希望していると伝えた。というのも、カプサはサウジアラビアでいつでも食べられるからだ。私たちには良好な関係を持った多くの日本人がいるが、その筆頭にあげられるのが、片山さんである。

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